
コラム
「中国古陶磁器の再現にかけた人生 塚本快示」2017/01/09
酒も飲まない、煙草も吸わない、遊びにも行かない。陶芸家塚本快示の生涯は焼き物の世界が全てでした。日本の伝統ある窯業地・美濃に生まれ、生家は江戸時代中期から続く窯元。幼くして、土もみ・轆轤・薪割り・窯焚きなどを父から学び、夜学に通って窯業化学、釉薬の調合、絵付け技術など、窯業全般にわたっての基礎を習得しました。
家業を継いだ後も朝七時半から夕方6時まで働き、早朝と家業の仕事を終えたあとの夜間を自分の作陶に充てていたといいます。そんな真面目で厳しい人柄が伺える塚本快示ですが、あることがきっかけで「青白磁」を追求する事になりました。
白磁にとどまらず、染付や辰砂、青磁、柿釉など多彩ではありますが、日本工芸展や個展などで発表された作品のほとんどは青白磁と白磁です。その一色の世界に彩りを添えるため、商工省の試験場で彫の技術も学びました。意図した文様を彫り込む為にも独自の道具を考案し、何種類もの道具によって塚本ならではの文様を形作りました。フリーハンドで描くように施される彫花文様は「神品」とまで評され、他の追随を許さない塚本独自のものとなりました。
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