
コラム
「青磁と色絵の融合でロマン溢れる作品 三浦小平二」2017/06/19
青磁は本来中国で皇帝たちのために作られ、皇帝たちに愛されてきた特別な器でした。中国で最も優れた青磁が焼かれたのは宋時代で、それらの青磁の碗や壺、鉢等は鎌倉時代の日本にも伝わり、以来将軍や大名などが競って求めたといわれています。日本で青磁が焼かれるようになったのは江戸時代前期の有田地方で、江戸後期には京焼や瑞芝焼等にも広まりました。
青磁の釉調は、素地や釉薬の成分、また施された釉の厚みにもよって大変種類が多く、その深みのある美しさは古くから多くの人に愛賞されてきた東洋陶磁を代表する陶芸でもあります。
生まれました。父は無名異焼の三浦小平(三代三浦常山の二男)で、伝統ある窯元に生まれながらにして元々は画家志望でした。そんな父のアドバイスにより、陶芸の技術だけではなく「デッサン力」や「造形力」を体得するべく、1951年に東京芸術大学美術学部彫刻科に入学しました。
三浦が青磁の制作に取り組むようになったのは1966年頃からで、初めは素地に信楽の土を使っていました。しかし、1972年に台湾の故宮博物院で中国南宋時代の官窯青磁の鉢を観察する機会を得た時、その胎土が故郷佐渡の無名異の土に近似している事を直感したといいます。
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